黄金のエキスがあなたを癒す

世界中で飲まれる理由

「カンパーイ」という掛け声とともに、カチンと触れ合うジョッキ。
黄金に輝く液体は「とりあえずビール」という言葉が定番になるほど、当たり前の習慣となりました。
この光景は日本に限りません。
アジアやヨーロッパ、アメリカ、アフリカなど全世界で見られるのです。
なぜここまでビールは広まったのでしょうか?

 

原料に着目してみましょう。
ビールとは、大麦や小麦の麦芽を原料とした醸造酒です。
麦という食品は、人間の食生活に欠かせない代物です。
小麦粉に含まれているタンパク質は粘り気があるため、
パンやパスタのような加工食品に適しています。

 

大麦の魅力は糖分です。
甘味料の原料ともなる麦芽糖は、
酵母と結びつき発酵することでアルコールを生成します。
麦という植物は秋ごろに種をまいた後、冬を超えて発芽します。
寒い時期であっても育つ強さが、
世界中で生産されてきた理由なのです。
ビールの始まりは、遥か昔まで遡ります。

 

紀元前からメソポタミアに住んでいたシュメール人は、
ビールの作り方を粘土板に記録していたのです。
シュメール人を征服したバビロニア人は、ビール造りに執心します。
ハンムラビ法典によると、彼らは20種類ものビールを開発していたようです。
大麦だけではなく、小麦やそのほかの穀物を組み合わせていたこともわかっています。
世界4大文明の1つであるエジプトでも、ビール造りが行われていました。
単なる飲料としての役割以外に、神への供物や薬品として利用されていたのです。
独特の苦みと、アルコールによる酩酊感は、
過去から現在に至るまで数えきれないほど多くの人々を魅了してきたのです。
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大陸への旅路

ヨーロッパではブドウの生産が盛んだったため、それを原料としたワインが飲まれていました。
しかし、ブドウは寒さに弱い植物です。
そこで登場するのが大麦や小麦。
どんな地域でも問題なく育つことから、
麦の生産とビールは瞬く間にヨーロッパ中へと拡散します。

 

日本では奈良から平安時代にかけて、
大寺院が日本酒の生産を担っていました。

 

同様のことがヨーロッパでも起こります。
7世紀頃のフランス北部では、
修道院にビールの醸造施設があったのです。
スイス北部のザンクト・ガレン修道院には、
3つの巨大醸造設備による大量生産が行われていました。
上下水道の技術が整っていなかった時代には、
煮沸した水を用いるビールの方が安全でした。
ビール独特の苦みの原因であるホップは、
殺菌作用を持っています。
8世紀のドイツではすでに、農場でホップ造りを始めていたというから驚きです。
ビール醸造は麦を収穫した後の夏に行われていました。
ここで問題になるのが、発酵が過剰に進んでビールが腐ってしまうことです。
修道院のビール製造者達は地下に貯蔵庫を作り、そこで発酵させる方法を開発したのです。
地下のように涼しい環境では、酵母が樽の下に溜まります。
発酵がゆっくり進むだけでなく、保存性も高まりました。
現在でいう下面発酵の原理が、この時代にはすでに確立されていたのです。

一般家庭でもビールは気軽に造られていました。
少量の生産ならば力仕事を必要としないので、女性がその役割を勤めることがほとんどです。
家庭で作ったビールが評判になると、それを販売し始めます。
これがパブの始まりといわれています。
 

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